出典:孫子
「呉越同舟」とは
「呉越同舟(ごえつどうしゅう)」は、中国春秋時代(紀元前8世紀~紀元前5世紀)に敵対関係にあった呉(ご)と越(えつ)の国の人々が、偶然一そうの船に乗り合わせ、嵐に遭遇した際に力を合わせて難局を乗り越えたという逸話から生まれた故事成語です。
文字通り「呉国と越国が同じ船に乗る」という意味を持ち、もともとは「敵国同士で不仲の者同士が同じ船に乗り合わせる」というシチュエーションを表していました。そこから転じて、「たとえ対立している者同士でも、共通の脅威や困難に直面するときには協力し合わざるを得ない」という教訓を伝える言葉として広く知られるようになりました。
歴史的背景:呉国と越国
春秋時代は、周王朝の権威が低下し、各地の諸侯が独自に覇権を競う混乱の時代でした。
- 呉国:江南地方を本拠地とする国で、当時は長江下流域で勢力を伸ばしていました。
- 越国:呉国のさらに南東に位置し、現在の浙江省あたりを中心に栄えていた国です。
この2カ国は地理的に隣接しているだけでなく、春秋期の覇権を巡って互いに争う最大のライバルでもありました。特に、呉王夫差(ふさ)と越王勾践(こうせん)の時代には激しい戦いが繰り返され、史上有名な「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」「会稽の恥」の物語もこの両国の戦いから生まれたとされます。
憎しみも、協力し合う:呉越同舟
「呉越同舟」の逸話には諸説ありますが、一般的に語られる筋立ては次のようなものです。
- ある嵐の夜、呉国の人々と越国の人々が偶然同じ船に乗り合わせました。
- ふだんは敵として争い合っている両者ですが、嵐が激しさを増し、船は転覆寸前の状況に陥ります。
- そこで、彼らは敵味方の区別を超えて協力し合い、懸命に船を漕いだり水をかき出したりして危機を切り抜けました。
- 嵐がおさまった後、彼らは再び元の敵同士に戻っていったと伝えられます。
このエピソードが示すのは、どんなに憎み合う相手であっても、共通の危機や困難の前では互いに協力し合う現実です。一方で、危機を脱すれば再びそれぞれの思惑に戻るという、複雑な人間関係や国同士の利害関係も垣間見られます。
日本では、「呉越同舟」は「仲の悪い者同士がやむを得ず同じ境遇に置かれ、協力せざるを得なくなる状況」を意味する故事成語として定着しています。これと同様に、「臨時の利害が一致すれば、普段は敵対関係にあっても手を結ぶ」という人間関係の不思議さをも表しています。
孫子との関連
「孫子(そんし)」の兵法書にまつわるエピソードとして語られることもありますが、「呉越同舟」は、孫子の兵法書に直接登場しているわけではありません。とはいえ、孫子こと孫武(そんぶ)は呉王闔閭(こうりょ)の招聘(しょうへい)により、呉国で軍事顧問として活躍した人物とされています。そのため、呉越の対立や軍事的状況を背景とした故事のひとつとして、「孫子の時代を象徴するエピソード」と結び付けて語られることが多いと考えられています。
成句の意味と現代への応用
現代社会において、競合企業が共同プロジェクトを組んだり、対立する国同士が自然災害や環境問題などの全球規模の課題に対処するために協力する場面がしばしば見受けられます。こうした事例は、「呉越同舟」を体現しており、利害や思想信条の違いを超えた“実利的協調”の一面を浮き彫りにしています。

現代ビジネスの呉越同舟
【登場人物】
- 田中部長: 冷静沈着で、チームをまとめることに長けたリーダー。
- 山本課長: 熱血型で、物事を突き進む行動派。
- 佐藤さん: 観察力が鋭く、バランス感覚を持つ新人社員。
- 木村さん: 他部署の担当者。山本課長とライバル関係にある。
舞台は営業部のオフィス。大規模なプロジェクトで他部署と協力することになり、いつも意見が対立する山本課長と木村さんが一緒に取り組むことに。
田中部長:
「さて、今回のプロジェクトだが、営業部だけでは手が足りない。木村さんのチームにも協力をお願いすることになった。」
山本課長:
「部長、木村さんですか?正直、前回の案件でも意見がぶつかって大変だったんですよ……。」
木村さん:
「そりゃお互い様ですよ。山本さんこそ、自分のやり方を押し付けることが多いんじゃないですか?」
佐藤さん:
「ちょっとちょっと、こんなところで対立してる場合じゃないですよ。これってまさに『呉越同舟』じゃないですか?」
山本課長:
「『呉越同舟』?何のことですか、それ?」
【故事の解説】
佐藤さん:
「『呉越同舟』は、中国の故事で、『呉』と『越』という互いに敵対する国が、あるとき同じ船に乗り合わせたという話から来ています。」
田中部長:
「敵同士でも、嵐の中で同じ船に乗れば協力せざるを得ない。嵐を乗り切るために、普段の対立を忘れて力を合わせるんだ。」
木村さん:
「なるほど……つまり、今の私たちみたいな状況ですね。敵対関係は一旦置いて、プロジェクトを成功させるために協力する必要がある、と。」
山本課長:
「でも、実際に協力するのって簡単じゃないですよね。木村さんと意見が合う気がしないんですが……。」
【協力の進め方】
田中部長:
「山本、木村、まず大事なのは共通の目標をはっきりさせることだ。このプロジェクトでは何を達成するのかを二人で確認し合え。」
佐藤さん:
「そうですね。嵐の中の船なら、船を沈めないことが一番の目標ですからね!」
木村さん:
「わかりました。じゃあ、まずは山本さんと一緒にタスクを整理して、分担を決めましょう。」
山本課長:
「……まあ、今回は協力してやりますよ。でも、木村さん、ちゃんと私の意見も聞いてくださいよ?」
木村さん:
「もちろんです。その代わり、山本さんも柔軟に対応してくださいね。」
【プロジェクト中の様子】
佐藤さん:
「課長、木村さんと意外とうまくやってるじゃないですか。最初はあんなに対立してたのに。」
山本課長:
「まあ、共通の敵(=タイトな納期)がいるからな。協力しないと乗り越えられないってわかったんだよ。」
木村さん:
「山本さんが意外と段取りが上手いから助かってますよ。これ、言ったの内緒にしてくださいね(笑)。」
山本課長:
「お互い様だよ。木村さんの提案も役に立ってるしな。」
【プロジェクトの成功】
数週間後
佐藤さん:
「部長、プロジェクト、無事に成功しました!山本課長と木村さんの連携が素晴らしかったです!」
田中部長:
「よくやったな。これぞ『呉越同舟』の力だ。普段は対立していても、共通の目標があれば協力できるものだ。」
山本課長:
「でも、これで木村さんとずっと仲良くするかどうかは別問題ですけどね(笑)。」
木村さん:
「同感です。次にまたぶつかるときは遠慮しませんから(笑)。」
佐藤さん:
「もう、また『呉越同舟』が必要な場面が来たら困りますよ!」
【教訓】
「呉越同舟」は、人間の利害や感情がいかに変わりやすく、また時に柔軟に協力できるかを端的に描いた故事です。危機に直面したとき、憎しみ合う相手であっても結束しなければ乗り越えられないという真理は、時代や場所を超えて通じるものがあります。
この成句が示すのは、人間社会の“現実的な一面”と“互いに生き延びるための知恵”です。表面的な敵対や対立に目を奪われるだけでなく、状況に応じて協力し合う柔軟さを見失わないことの大切さを、私たちに教えてくれる物語と言えるでしょう。