出典:老子 道徳経
「上善水の如し」は、老子が説いた理想の生き方を象徴する言葉です。「もっとも良い生き方は水のようである」と解釈され、人間の行動や生き方において、柔軟で調和を重んじ、周囲の環境に適応する姿勢の重要性を説いています。柔軟であるがゆえに強く、謙虚でありながら全てを潤す水の性質を理想的な生き方の比喩として捉えています。
歴史的背景と哲学的意義
「上善水の如し」は『老子』第8章に掲載されています。下記に原文とその意味を示します。
原文:
> 上善若水。水善利万物而不争、処衆人之所悪、故幾於道。
現代語訳:
> 最上の善は水のようなものである。水は全ての物を潤し利益を与えながら争うことがなく、人々が嫌がる低いところにとどまる。それゆえ、水の性質は「道」に近い。
老子はここで「道(タオ)」という宇宙の根本原理を示し、水の性質をその象徴として用いました。水の柔軟性、謙虚さ、普遍性は、争いを避けながらも多くの価値を生み出す理想的な姿を体現しています。
出典と関連する思想
『老子』は、春秋戦国時代(紀元前770年~221年)の思想的混乱期に生まれた哲学書です。この時代には、多くの思想家が人々に安定と秩序をもたらす生き方を説きました。老子は特に、「無為自然」や「柔よく剛を制す」といった、自然界に学ぶ哲学を提唱しました。
「上善水の如し」はこれらの思想の中でも、最も広く知られた言葉の一つであり、特に争いを避けることの大切さや、柔軟性の価値を強調しています。
「上善水の如し」の逸話
老子の生き方「水のような生き方」
老子自身のエピソードには、彼が官職を捨てて隠遁の道を選んだことが挙げられます。彼は周王朝の腐敗を目の当たりにし、争いや権力欲から距離を置きました。
この選択は、水が高い場所から低い場所に流れるような謙虚さが、争いを避ける生き方だというのです。
ビジネスにおける「上善水の如し」の教訓
現代のビジネスシーンにおいても、「上善水の如し」は非常に有用な哲学です。柔軟性や環境への適応力、争わない姿勢は、長期的な成功を築くために欠かせない要素です。
老子が考える「上善水の如し」とは、「水のような生き方が、理想の生き方」ということです。
さらに、「水」から3つのことを学ぶことが理想としています。
ひとつは水の「柔軟性」です。
水は、どのような器の形でも、水本体の形を変えて、逆らうことがありません。
ふたつ目は、水から「謙虚さ」を学ぶことです。
水は高地ところから低地に流れます。
低い位置は人が嫌がるけれど、水はそれを意に介さず至って謙虚ということです。
みっつ目は、水には強いエネルギーが秘めている点です。
ふだん、水はやわらかいですが、勢いよく岩をも砕く力があります。水のようにパワーを秘めていることが、望ましいとしています。
このような水の特性を「上善」としています。

クライアントを尊重し、さりげなく提案を通す方法
【登場人物】
- 田中部長: 落ち着きがあり、部下の成長を支えるベテランリーダー。
- 山本課長: 力強く前向きだが、少し頑固なところがある課長。
- 佐藤さん: 新人社員。柔軟で素直な性格。
舞台は、営業部のオフィス。新規クライアントとの交渉について社内で話し合っています。
田中部長:
「さて、今回のクライアントは少し扱いが難しい。山本、どう対応するつもりだ?」
山本課長:
「こちらの提案を全面的に押し出して、納得してもらいます。それが一番の近道だと思います!」
佐藤さん:
「課長、それだとクライアントの意見を受け入れる余地がなくなりませんか?」
山本課長:
「確かに、だけどこちらの方針をしっかり伝えないと、向こうに引きずられるだけになってしまう。」
田中部長:
「ふむ……山本、その考えも悪くはないが、少し『上善水の如し』という言葉を思い出してみてはどうだ?」
山本課長:
「上善水の如し?水がどう関係あるんですか?」
佐藤さん:
「課長、この故事成語は『最も良い善(行い)は水のようである』っていう意味ですよね。」
山本課長:
「水が最も良い善?どういうことですか?」
田中部長:
「水は、どんな器にも形を変えて適応する柔軟性を持ちながら、決して自分の本質を失わない。そして、誰も争わず、低い場所に流れていく謙虚さがある。老子はこれを、人間のあるべき姿として例えたんだ。」
山本課長:
「でも、柔軟すぎると相手に押されてしまいませんか?」
佐藤さん:
「それが水の面白いところです。水は一見柔らかくて無力そうに見えますが、時間をかけて岩をも削りますよね。」
田中部長:
「そうだ。水は、しなやかで柔軟でありながら、自分の道をしっかりと切り拓く力がある。クライアントとの交渉でも、相手の意見を受け入れつつ、こちらの提案をさりげなく流れに乗せる方法が重要だ。」
山本課長:
「なるほど……押し切るだけじゃなく、流れに乗って自分の方向へ導くってことですね。」
【交渉後の振り返り】
山本課長:
「部長、今回の交渉、柔軟に対応したおかげでクライアントも前向きに話を進めてくれました。『水のように』やってみたら意外とうまくいきました!」
佐藤さん:
「よかったですね!やっぱり柔軟さって大事ですね。」
田中部長:
「その通りだ。水のように柔らかく、しかし自分の目指す方向性を失わない。それが上善水の如しの本質だ。」
「上善水の如し」の教訓
「上善水の如し」は、柔軟性や謙虚さを持ちながらも、自分の目標を失わない重要性を教えてくれる故事です。ビジネスや日常でも、状況に応じて対応を変える柔軟さを持ちながら、着実に結果を出すことが成功に繋がります。