「道徳経」(第33章)
「足るを知る」とは
「足るを知る」は、老子の名言として知られ、『道徳経』(第33章)に記されています。この教えは、物事や状況に満足し、無限に広がる欲望を制御することです。
「足るを知る」の歴史背景と故事
「足るを知る」は、「老子」(道徳経)第33章に記されています。以下がその詩の一節です:
知足者富(足るを知る者は富む)
自勝者強(自らを制する者は強い)
老子は、欲望を無限に追求する生き方を戒め、自らの状況に満足する心の豊かさを説きました。ここで「足る」は、物質的な豊かさに限らず、精神的な満足感を指しています。
老子の時代背景
老子(本名:李耳)は紀元前6世紀頃、周王朝末期に生きた思想家です。この時代、中国は混乱の渦中にありました。王朝の権威は衰退し、地方の諸侯が勢力を争う戦国時代の幕開けを迎えつつありました。社会は不安定で、戦争や陰謀が日常茶飯事でした。
老子は、周王朝の記録を管理する史官として仕えながらも、世俗的な栄光や権力に背を向け、「道」という普遍的な原理を追求しました。彼の思想の根底には、自然との調和と人間の欲望の抑制があります。そのため、「足るを知る」という言葉には、彼の哲学と価値観が凝縮されているのです。
エピソード
ある日、老子の弟子の一人である巽(そん)が、老子を訪ねてきました。巽は意欲的で、地位や名誉を求める青年でしたが、近頃はその競争に疲れを感じていました。
巽:先生、私は努力を重ねてきましたが、いつも満たされないのです。昇進しても、より高い地位を目指さなければならず、終わりがありません
老子:巽よ、杯(さかずき)を持ってきなさい。そして、そこに水を注いでみなさい。
巽は杯を取り出し、水を注ぎ始めます。盃がいっぱいになると、老子が問いかけます。
老子:もう十分ではないか?
巽:はい、杯は満ちています。
老子:ならば、もっと注いでみるがよい。
巽がさらに水を注ぐと、当然、杯から水が溢れ出します。巽は慌てて注ぐのをやめました。
巽:先生、もう注げません。溢れてしまいます!
老子:その通り。これが『足るを知る』ということだ。自分にとって必要なだけを知り、それ以上を追い求めない。さもなければ、溢れるように全てを無駄にするのだ。
巽はその言葉を聞き、静かに考え込みました。
巽:では、人はどのようにして『足る』を見極めるべきでしょうか?
老子:心の目で見るのだ。人の欲望は尽きない。満たされるのは外ではなく内にあるものだ。心の中で何が本当に必要かを知ることが、豊かさへの道である。
この教えは、巽だけでなく、現代の私たちにも大きな示唆を与えてくれます。

「足るを知る」から得る教訓
老子の「足るを知る」は下記の教訓を現代に伝えます。
1. 無限の欲望は自分を縛る
欲望の追求は幸福ではなく、不安をもたらします。特にビジネスでは、過剰な利益追求が社員の疲弊や企業の信用低下を招くことがあります。
2. 自分の「十分」を知ることが強さ
他者と比較せず、自分にとって十分な状態を理解することが、真の強さです。これは、リーダーシップや自己成長にも通じる考え方です。
3. 調和を重視する生き方
老子は「道」を通じて、自然や他者との調和を説きました。過度な競争を避け、持続可能な成長を目指す姿勢は、現代でも大切です。
「足るを知る」をビジネスでの活かし方
1. リーダーシップの謙虚さ
リーダーがストイックで現実的な目標を設定することによって、チームは安心感を得られます。例えば、企業のCEOが短期的な利益よりも、長期的な成長を重視する姿勢を示すことは、社員の信頼度が高まる効果があります。
2. サステナブル経営
老子の教えは、環境や社会への配慮を重視するサステナブル経営にも通じます。無限の拡大ではなく、「持続可能性」を意識した経営は、企業の信頼性を高めます。
3. ワークライフバランス
社員が「足る」を知ることで、過剰な仕事量に追われず、健康的な働き方が可能になります。これにより、企業の生産性も向上します。
まとめ
老子の「足るを知る」は、競争社会のなかで生きる私たちに大切な気づきを与えてくれます。特に、現代ビジネスにおいて、無限の成長を追い求めるのではなく、適切な満足感を得ることが、持続可能な成功の鍵となります。「十分」とは何かを見極める力を養い、自分や組織にとっての調和を追求していきましょう。