「孫子の兵法」について
『孫子』は全13篇にまとめた現代までに大きな影響を世界的に与えた兵法書です。戦争（競争）に臨む前に必要な「計画」や「戦略」を示し、現代のビジネスにおいても、競争市場での計画立案や意思決定の指針として非常に有用です。
下記に13篇の概要をまとめてきました。
計篇
1. 戦略と目的
計篇の核心は「計謀」、つまり周到な戦略的計画の重要性です。孫子は勝敗を事前に予測するために、次の5つの要素（五事）を考慮することを強調しています。
- 道（目的と一致）
組織の全員がリーダーの意図に従い、一致団結することで成功の可能性が高まる。現代のビジネスで言えば、企業のビジョンやミッションの共有が該当します。 - 天（外部環境）
時間や季節、あるいは市場の変化などの外的要因。たとえば、季節的な需要変動やトレンドを読む力がここに当たります。 - 地（地形と市場）
地理的条件や競争環境。たとえば、競合他社が多い地域に出店するか、競争の少ないニッチ市場を狙うかといった判断が該当します。 - 将（リーダーの能力）
リーダーの資質と信頼性。現代ではリーダーシップ能力や部下との信頼関係が問われます。 - 法（組織の仕組み）
組織の仕組みやルール。たとえば、効率的なプロセス設計や効果的な評価システムが含まれます。
2. 敵側の損害計算
「計篇」では、競争相手の状況を正確に把握することが強調されています。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と同様、敵の弱点を探ることが勝利の鍵です。現代ビジネスにおいては、競合分析やマーケットリサーチがこれに該当します。
例：競合企業が価格競争に弱い場合、プレミアム戦略を取ることや、敵が技術力に弱みを抱えていれば、そこを突くことが効果的です。
3. 味方の利益および損益
計篇では、自軍の「利益」を確保するためにコストとリスクを計算する重要性が説かれています。現代ビジネスでは、投資対効果（ROI）やリスク管理の手法に置き換えることができます。
- 例：新規事業の立ち上げ前に、初期コストと期待収益のバランスを評価し、不必要なリスクを取らない計画を立てる。
4. この戦略のエピソード
孫子の教えを適用したエピソードとして、現代ビジネスではアップルが挙げられます。スティーブ・ジョブズは、プロダクトのデザインや市場投入のタイミングを徹底的に計算し、敵（競合）の弱みを突く戦略を採用しました。
- 例：アップルが初代iPhoneをリリースする際、既存のスマートフォン市場が「操作性」において未熟であることを見抜き、タッチスクリーンという新しい解決策を打ち出しました。
5. その他
孫子は「計篇」の中で、「戦わずして勝つ」ことの重要性にも言及しています。これは、交渉や戦略的提携を通じて、競争を避けつつ成果を上げるアプローチとして現代に適用できます。
- 例：アマゾンは競争相手を「買収」することで、競争を避けながら市場シェアを拡大しています。
作戦篇
1. 戦略と目的
「作戦篇」は、戦争における「資源管理」や「持続可能性」の重要性を説いています。現代ビジネスでいえば、限られたリソース（時間、資金、人材）をいかに効率よく配分するかがテーマです。孫子は、長期戦の弊害を避け、迅速かつ効率的に勝利を収めることを推奨しています。
目的：戦争（またはプロジェクト）を短期間で収束させ、無駄を最小限に抑える。
2. 敵側の損害計算
孫子は、敵の資源を奪うことを重要視しています。「敵の物資を利用することは、自分の資源を温存する最善の方法」と述べています。ビジネスでは、競合の市場シェアを奪う戦略や、他社のノウハウを吸収することに相当します。
3. 味方の利益および損益
無駄なコストを削減することの重要性を説いています。具体的には、過度な支出や過剰な投入が長期的な損失を招くことを警告しています。これは、現代のプロジェクトマネジメントにおける「予算管理」や「スコープのコントロール」に該当します。
4. この戦略のエピソード
アマゾンの効率的な物流システムが例になります。アマゾンは、競合のリソース（物流網や配送インフラ）を徹底的に研究し、自社の資源を効率的に使うことで大幅なコスト削減を実現しました。
5. その他
「迅速さ」は「作戦篇」の核心です。市場におけるタイムトゥマーケット（製品やサービスをいかに早く投入できるか）が重要な要素となります。
謀攻篇
1. 戦略と目的
「謀攻篇」では「最良の勝利は戦わずして敵を屈服させること」と述べられています。これをビジネスに適用すると、直接的な競争を避け、交渉や提携を通じて目標を達成するアプローチが挙げられます。
2. 敵側の損害計算
敵の戦略を分析し、彼らの弱点を突くことで戦わずに優位に立つことが推奨されています。これは、競合他社の欠点を見抜き、それを巧みに利用する戦略です。
3. 味方の利益および損益
直接の競争は損害を生みます。そのため、敵を取り込む（買収や提携など）ことで自軍の利益を最大化する方法が推奨されます。
4. この戦略のエピソード
ディズニーがピクサーを買収した例が当てはまります。競争するよりも、提携や買収によるシナジーを活用して利益を生み出しました。
5. その他
「戦争における最高の芸術は、戦わずして勝つことである」という思想は、現代の外交やビジネス交渉でも普遍的な真理です。
形篇
1. 戦略と目的
「形篇」では、勝利の条件を整えること、すなわち「無敵の形」を構築することが説かれています。現代ビジネスでは、競争に勝つための盤石な準備（製品品質やブランド力の構築）がこれに該当します。
2. 敵側の損害計算
敵の動きに応じて柔軟に形を変え、弱点を突く戦術が推奨されています。
3. 味方の利益および損益
常に守りを固め、確実に勝てる状態を作り出すことで、自軍の損失を最小限に抑えることができます。
4. この戦略のエピソード
トヨタの「カイゼン（改善）」の文化がこれに該当します。市場の変化に応じて迅速に対応し、競争力を保つ仕組みを構築しました。
5. その他
「勝ちやすきに勝つ」という哲学は、競争市場におけるニッチ戦略の構築にも応用されます。
勢篇
1. 戦略と目的
「勢篇」は、勢い（ダイナミクス）を活用する戦術を説いています。ここで言う「勢い」とは、状況の流れやエネルギーをうまく利用し、最小限の努力で最大限の成果を得ることです。現代ビジネスでは、トレンドや市場の流れをいかに活用するかが鍵となります。
目的：状況を分析し、「力を集中するタイミング」と「流れに乗るポイント」を見極めること。
２. 敵側の損害計算
敵が力を分散させているときや、勢いが失われているタイミングを狙うことが推奨されています。これは、競合他社の戦略的な隙をつくことに相当します。
例：競合が新商品で失敗した直後に、自社の製品を積極的に宣伝する。
3. 味方の利益および損益
勢いを生むためには、リーダーが組織全体のリソースを効率的に動員する必要があります。タイミングを誤ると、無駄な損失を招く恐れがあります。
例：製品発売のタイミングを誤ると、莫大な広告費を投入しても成果が得られない。
4. この戦略のエピソード
アップルの製品リリース戦略は「勢篇」の考え方に近いです。iPodの登場時、デジタル音楽の流行という勢いを巧みに利用して、他社を圧倒しました。
5. その他
「勢い」を生むには、状況の流れを読む力が必要です。市場調査や競合分析を通じて、正確な判断を下すことが不可欠です。
虚実篇
1. 戦略と目的
「虚実篇」は、「実（強い部分）」と「虚（弱い部分）」を使い分ける戦術を説いています。直接的な力ではなく、相手の不意を突くことで勝利を得ることがテーマです。ビジネスでは、相手の隙を突くクリエイティブな戦略に該当します。
目的：敵の弱点を突き、無駄な戦力を使わずに効率よく目標を達成する。
2. 敵側の損害計算
敵が力を注いでいる「実」の部分を避け、守りの薄い「虚」の部分を攻める。競合が注力している市場以外での新規展開がこれに該当します。
例：ニッチ市場に進出し、競合がカバーしていない顧客層を獲得する。
3. 味方の利益および損益
限られた資源を集中させることで、自軍の損失を最小限に抑えます。弱点を突く戦略は、必要なリソースが少なくて済むため、リスクを抑えることが可能です。
4. この戦略のエピソード
Netflixは、他社が映画やテレビ業界に注力していた際、ストリーミング市場という未開拓の分野に進出しました。これは「虚実篇」の思想を具現化した例です。
5. その他
虚実を使い分けるには、柔軟な発想と迅速な意思決定が求められます。イノベーションを推進する文化が重要です。
軍争篇
1. 戦略と目的
「軍争篇」は、「地の利」と「主導権」の重要性について説いています。主導権を握ることで、敵の動きを制限し、自軍を有利な立場に置くことができます。ビジネスでは、業界のルールを変えるような戦略がこれに該当します。
目的：主導権を握り、敵をコントロールする。
2. 敵側の損害計算
敵が主導権を握っている状況では、無理に争わず、相手のミスやタイミングのズレを待つことが推奨されています。
3. 味方の利益および損益
主導権を握ることで、味方の損失を最小限に抑えつつ、効率的な勝利を収めることができます。
4. この戦略のエピソード
Amazonは主導権を握るため、Primeサービスを導入して顧客を囲い込みました。これにより、競合他社が追随しづらい市場を作り出しました。
5. その他
主導権を握るためには、独自の技術や差別化戦略が必要です。イノベーションを推進する企業文化が不可欠です。
九変篇
1. 戦略と目的
「九変篇」では、状況に応じて柔軟に戦術を変える重要性が説かれています。「固定観念を捨て、変化を恐れないこと」がテーマです。
目的：状況に応じて最適な対応を取る。
2. 敵側の損害計算
敵が固定的な戦略を取っている場合、予測しやすい動きを逆手に取ることが有効です。
3. 味方の利益および損益
柔軟な戦略を持つことで、変化に対応しやすくなり、損失を抑えながら利益を追求できます。
4. この戦略のエピソード
ソニーは、消費者電子機器の需要変化に対応して新製品をタイムリーに投入することで、競争に勝利してきました。
5. その他
変化への対応力を高めるには、継続的な学習と市場の動向を把握する力が必要です。
行軍篇
1. 戦略と目的
「行軍篇」は、軍の進軍（移動）における注意点を説いた章です。現代ビジネスでは、プロジェクトの進行やリソース配分の最適化、移行計画の管理に応用できます。目標達成への道筋を考え、障害を避けつつ進むことが求められます。
– 目的：迅速かつ安全に目的地（目標）へ到達するための準備と実行。
2. 敵側の損害計算
敵の動向を常に監視し、敵が力を発揮しにくい環境を選んで行動することが重要です。競合が混乱している状況を利用することも推奨されます。
例：競合が拡大戦略でリソースを分散している間に、特定の市場で迅速に行動する。
3. 味方の利益および損益
「進むべき時」と「立ち止まるべき時」を正確に見極めることが、味方の損失を最小限に抑える秘訣です。リスクの高い移動や進行を避けることが強調されています。
例：新規市場進出時に、適切なタイミングを見計らうことで投資リスクを軽減する。
4. この戦略のエピソード
グーグルの事業展開は「行軍篇」の例といえます。たとえば、クラウド市場への進出は、他社がまだ注力していない分野を慎重に選びつつ行われました。
5. その他
進行中の計画が頓挫しそうな場合は、無理に進まず一旦撤退することも成功への道です。柔軟な対応力が求められます。
地形篇
1. 戦略と目的
「地形篇」は、戦場の地形を理解し、それに応じた戦術を選ぶ重要性について説いています。現代では、市場環境や競争状況を「地形」と捉え、適切な戦略を立てることが重要です。
目的：市場環境（地形）を正確に分析し、有利な状況を作り出す。
2. 敵側の損害計算
敵が不利な地形にいる場合、それを利用して攻勢をかける。競合がリソースを無駄にしている分野では、それを突く戦略が有効です。
例：既存の競合が高コスト構造で利益を圧迫されている場合、その分野で価格競争を仕掛ける。
3. 味方の利益および損益
自軍が不利な地形を避けることで、損害を最小限に抑えます。無理に挑むのではなく、有利な環境を選ぶことが重要です。
4. この戦略のエピソード
スターバックスは立地（地形）を徹底的に分析し、人通りが多いエリアに店舗を展開することで成功しました。
5. その他
九地篇
1. 戦略と目的
「九地篇」は、9つの異なる戦場状況（地形）に応じた戦術の選び方を示しています。現代ビジネスでは、企業の成長段階や競争環境に応じた戦略の最適化がこれに該当します。
– 目的：状況に応じた最適な戦略を設計し、効率的に目標を達成する。
2. 敵側の損害計算
敵が進退窮まる地形（戦略上の不利な状況）に追い込まれると、ミスが発生しやすい。この隙を突くことが重要です。
3. 味方の利益および損益
自軍がどの「地」にいるかを正確に把握し、それに応じて戦術を調整することで損害を抑えます。
例：新興市場でまずは地盤を固め、後に拡大戦略を実行する。
4. この戦略のエピソード
中国のアリババは、まず自国内での地盤を確立し、その後国際市場に進出しました。
5. その他
九地篇は、「環境を理解し、適応すること」の重要性を教えています。
火攻篇
1. 戦略と目的
「火攻篇」は、戦術的な攻撃手法（特に破壊的な手段）について述べた章です。現代ビジネスでは、競争相手に対する強力なマーケティングや革新的な戦略がこれに該当します。
– 目的：相手の体制や資源を直接的に攻撃し、効果的に市場シェアを奪う。
2. 敵側の損害計算
敵のリソースを徹底的に破壊することで、彼らの競争力を削ぐ戦略が効果的です。
例：競合の主力製品に対抗する低価格製品を投入する。
3. 味方の利益および損益
火攻めはリスクも高いため、実行には慎重な計画が必要です。タイミングを誤ると味方にも損害を及ぼします。
4. この戦略のエピソード
テスラが電気自動車市場に参入し、従来の自動車メーカーに大きな打撃を与えた例が当てはまります。
5. その他
破壊的な戦略は短期的には効果的ですが、長期的には持続可能な戦術が必要です。
用間篇
1. 戦略と目的
「用間篇」は、情報収集と諜報活動の重要性を説いた章です。現代では、マーケットリサーチやデータ分析がこの考え方に相当します。
– 目的：正確な情報をもとに、勝利の確率を最大化する。
2. 敵側の損害計算
敵の内部情報を事前に収集し、弱点や次の行動を予測することが可能です。
– 例：競合の新商品リリース予定を把握し、それに先んじて自社製品を投入する。
3. 味方の利益および損益
情報収集に投資することで、無駄な損失を抑えつつ効率的に目標を達成できます。
4. この戦略のエピソード
facebookがユーザーデータを活用して広告ビジネスを最適化した例は「用間篇」の考え方と一致します。
5. その他
「情報を制する者が世界を制する」という言葉が象徴するように、現代においても情報戦略の重要性は非常に高いです。
