逆鱗に触れる(げきりんにふれる) 出典:韓非子 説難篇
歴史的な背景
「逆鱗に触れる」は、中国戦国時代の法家思想家・韓非子が著した『韓非子』の説難篇に由来します。戦国時代は、諸侯が覇権を争い、知略と力が渦巻く混乱の時代でした。その中で韓非子は、権力者に対する進言の難しさや、言葉の使い方についての戒めを述べました。
韓非子は、王者や権力者の怒りを「龍の逆鱗」に例えています。龍の喉元には一枚の逆鱗があり、ここに触れると龍は怒って触れた者を殺すという伝説です。転じて、王者の怒りを買う行為や不用意な発言を「逆鱗に触れる」と表現します。
エピソード
韓非子が活躍していた時代は、諸侯に対して諫言(かんげん)を行うことは命懸けの行為でした。権力者は自分の意にそぐわない進言を嫌い、怒りをあらわにすることが多かったのです。
ある賢臣が王に対して、王の政策の誤りを正そうとしました。
賢臣:「王よ、この政策は民を苦しめ、国の財政を圧迫しております。どうか方針を改めてください。」
王:「我が政策を批判するのか! お前は我が意を否定するというのか!」
王は激怒し、賢臣を罷免しました。後日、王は国が混乱していることに気づき、賢臣の忠言が正しかったことを悟りましたが、すでに賢臣は国を去っていました。
韓非子はこのような事例を踏まえ、「権力者の怒り(逆鱗)に触れることは、進言者の命取りになる」と警告し、諫言の難しさを説いています。
現代ビジネスへの応用
- 上司やクライアントとのコミュニケーション
組織内での報告や進言の際、不用意に相手のプライドを傷つけたり、感情を逆撫でする言い方をすると信頼関係が崩れます。
例えば、トヨタ自動車では現場の意見を尊重し、報告時には事実を冷静に伝える「報連相」が重視されています。
また、Googleでは建設的な対話を奨励し、相手の意見を否定しない「心理的安全性」の環境を作っています。
例: ×「この戦略は完全に失敗でした。」
○「この戦略を改善すれば、もっと成果が出る可能性があります」
- クレーム対応と顧客満足
顧客からのクレーム対応においても、逆鱗に触れない姿勢が求められます。例えば、Amazonでは「徹底した顧客第一主義」の姿勢を徹底し、クレームや問い合わせに対して冷静かつ迅速に対応しています。また、スターバックスはクレームが発生した際、顧客の不満をしっかり受け止め、無料でドリンクを提供するなど、顧客満足を最優先する対応を行っています。
例: ×「それはお客様の勘違いです」
○「ご不便をおかけして申し訳ございません。解決策を提案させていただきます」
- リーダーシップと部下育成
リーダーが部下の意見や提案を頭ごなしに否定すると、部下の士気が低下し、意見を言わなくなってしまいます。例えば、Microsoftのサティア・ナデラCEOは、部下の提案を否定せず、「共感と共創」を重んじるリーダーシップを発揮しています。また、Appleのティム・クックCEOはチームの意見を尊重し、冷静で謙虚な姿勢で社員のやる気を引き出しています。
例: ×「そんなアイデアは使えない!」
○「良い着眼点ですね。さらにこうするともっと効果的になりますよ。」
- 組織文化の構築 「逆鱗に触れる」リスクを恐れて意見が出ない組織は、成長が停滞します。組織のトップが「耳の痛い意見」も受け入れる姿勢を示すことで、健全な組織文化を築くことができます。例えば、Netflixでは「自由と責任」を重視し、社員が自由に意見を述べられる文化を育んでいます。また、トヨタの「カイゼン」文化では、現場からの改善提案を奨励し、誰もが意見を発信しやすい環境を作っています。

田中部長の怒りの矛先はどこへ?
シーン:営業部会議室
月末の営業会議中、山本課長がとある一言で田中部長の「逆鱗」に触れてしまい、大騒動に発展するお話。
【登場人物】
- 田中部長(50歳):気難しいが愛嬌があり、部下思いな一面もある。ただし怒ると手がつけられない。
- 山本課長(40歳):冷静で皮肉屋。自覚のない一言でトラブルを呼ぶタイプ。
- 佐藤さん(25歳):ムードメーカー的存在。天然で場の空気を読まずに核心を突くことがある。
田中部長:「さて、今月の営業結果について総括するぞ!」
佐藤さん:「今月はちょっと厳しかったですね…私、あと3件契約が取れたら目標達成だったんですが。」
田中部長:「うむ、努力は認めるぞ、佐藤くん。しかし、惜しかったでは済まされん。営業というのは結果が全てだ!」
山本課長:(ボソッと)「いや、部長が今月唯一担当した案件も失注してましたけどね。」
田中部長:(ピクッ)「…課長、今何か言ったかね?」
山本課長:「いやいや、何も。えーっと、佐藤さんの3件惜しかったなーって話を。」
田中部長:「いや確かに今、私のことを何か言ったな…。はっきり言え!」
山本課長:「いや~、別に部長の『唯一担当案件』が『史上最速の失注記録』だった話なんてしてませんよ?」
佐藤さん:「えっ、本当ですか!?史上最速…それって何日ですか?」
田中部長:(顔が真っ赤になり)「5日だ!いや、違う!契約相手が気まぐれで断っただけだ!私のせいじゃない!」
山本課長:「ああ、なるほど。つまり契約相手の『逆鱗』に触れたんですね?」
田中部長:(爆発)「誰が逆鱗だ!!課長!君こそ、私の逆鱗に触れているのがわからんのか!!」
佐藤さん:「逆鱗って…あの、龍の怒るウロコのことですよね?部長って龍だったんですね!カッコいい!」
山本課長:「いやいや、佐藤さん、それ本気で言ってます?部長が龍なら、せいぜい…えーっと、コモドドラゴンくらいですかね。」
田中部長:「山本!君は一言多いんだよ!コモドドラゴンだと!?そんな爬虫類と一緒にするな!」
佐藤さん:「でも部長、コモドドラゴンって意外と強いらしいですよ!牙に毒があって!」
田中部長:「佐藤くん、それはフォローになっていない!」
(数分後、事態収拾へ)
田中部長:「はあ…こんな状況では、営業の話どころではないな。今日はここまでにしよう。」
山本課長:「いや~、逆鱗の話って勉強になりますね。怒ると龍のウロコに触れるような危険があるんだなって。」
佐藤さん:「でも部長、怒ってる時の顔、ちょっと龍っぽいです!口から火を吹きそうで!」
田中部長:「佐藤くん、それ褒めてるのか?いや、もういい!次回は冷静に営業目標を話し合うぞ!」
山本課長:「じゃあ部長、龍として火を吹くための準備だけは忘れずにお願いします。」
田中部長:「山本!お前も佐藤も…覚えておけ!」
こうして、田中部長の「逆鱗」に触れる事件は幕を閉じた。だが、この出来事がきっかけで、営業部メンバーは「お互いの怒りポイント」を学び合い、少しだけチームとして成長した…かもしれない。
まとめ
「逆鱗に触れる」という故事は、権力者や相手の怒りに触れることの危険性を示しています。しかし、現代では、相手の感情を尊重しつつ建設的な意見を述べることが、信頼関係の構築や組織の成長に繋がります。
不用意に逆鱗に触れることを避け、相手の心を動かすコミュニケーションを心がけましょう。それがビジネスや人間関係を円滑に進める智慧となります。
類義語
- 地雷を踏む:不用意な発言や行動で相手を怒らせること。
- 虎の尾を踏む:非常に危険な行為をすること。
- 火に油を注ぐ:事態をさらに悪化させる行動をすること。